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| 思えば遠く来たもんだ -ダムに負わされた咎- |
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思えば遠く来たもんだ。十二の冬のあの夕べ、港の空に鳴り響いた汽笛の湯気は今いづこ…(中原中也『頑是ない歌』)
長井市は、山形県の中南部に位置する、人口三万二千人あまりの市である。朝日山系の南端に位置し、東に最上川、西に野川(正しくは置賜野川)、白川(同じく置賜白川)といった一級河川に挟まれ、古くから交通の要衝として栄えた。戦国時代の末期、豊臣秀吉は、伊達政宗を北方に追い出し、越後の上杉景勝を会津に移した。会津、伊達信夫、置賜、庄内、佐渡の百二十万石を与え、奥州の抑えとなれと命じた。景勝は、米沢に信頼厚い直江兼続を置いた。会津から庄内に行く道は、最上義光の領地を抜けるか、堀秀治の治める村上を通るしかない。いずれも腹に一物ある戦国大名である。兼続は、これを嫌った。長井から山に入り、葉山、御影森山、大朝日岳、以東岳、猿倉山、と千メートル以上の山を尾根伝いに鱒淵に出、鶴岡に到る全長六十キロのいわゆる朝日軍道を建設したのである。後に関ヶ原の戦の後、酒田城に篭っていた上杉の武将、志駄修理亮義秀は、慶長六年三月四日(一六〇一年四月七日)に六百の軍勢を率いて朝日軍道に入り、無事長井に戻っている。
長井は伊達政宗がこの地を離れるのを惜しんだといわれるほどの米作地帯だが、洪水にはずいぶん苦しめられた。野川は南に北にたびたび流路を変えている。砂押、久保、大谷地などの地名も、野川がかつて相当な暴れ川だったことを窺わせる。
高い山から流れ下る急流というこの国ではきわめて普遍的な特徴を持った川、それが野川である。野川は直接海に落ちる流れではない。長井市の北東のはずれで、これまた急流で名高い最上川に流れ込み、洪水の問題を複雑にしている。これもまた、この国ではごくありふれた状況なのだが。
野川を生み出す野川渓谷は奥が深い。大朝日岳から、Uの字をひっくり返した形に東西に分岐する二つの山脈に囲まれる渓谷である。ここが野川の集水域で、広さは、ざっと百二十平方キロもある。冬は北西の季節風が大量の雪を山の東南の斜面に吹きつける。積もる雪の深さは四メートルにもなる。春にはまず雪解け水が野川を下る。さらに夏には、朝日山系に大量の雨が降る。このときに集中豪雨が降ったりすると野川は溢れる。宝永年間に起きた大洪水は、今も語り伝えられている。
洪水に苦しんだ長井の人々は、早くから治水のためのダムの建設を望んだ。昭和二十四年には・砂防ダム・建設が認可され、野川ダム起工式が行われている。工事は、昭和二十六年に砂防から河水統制へ切り替えられ、二十九(一九五四)年五月に管野ダムが竣工した。これは、堤高四十二・五メートルの重力式コンクリートダムで、有効貯水量は二百四万トンである。常時千八百キロワットの発電も行う設備も持っていた。昭和三十五年、上流に堤高四十六メートル、有効貯水量六百四十万トンの木地山ダムが竣工した。当時は、食糧事情が悪く、農業用水の確保と洪水調節、発電が二つのダムの主たる目的だった。ダム工事がまだ機械化される前で、人力による工事だったので、地域経済の振興にも大いに貢献したはずである。ただし、その洪水調節能力は到底充分とは言いがたく、昭和四十二(一九六七)年の羽越水害では、死者六人、総額二百二十六億円の被害を出した。
こうした歴史的背景のもとに企画されたのが、現在建設中の新しい長井ダムである。堤高百二十五・五メートルの重力式コンクリートダムで、総貯水量は五千百万トン、有効貯水量四千八百万トン。いわゆる多目的ダムである。洪水調節、河川環境の保全、潅漑用水、発電(最大出力一万キロワット)、水道用水といった目的が掲げられている。水道用水として最大一日一万トンを供給するという目的が加えられているところが、前の二つのダムと違う点である。完成すれば東北で一番大きなダムとなる。このわずか五十年間に、日本人の生活様式が大きく変化したことを示している。
五十年前、農村では下肥(しもごえ)が普通に使われていた。人の排泄物は貴重な肥料だった。江戸時代のままだった。したがって水洗トイレは普及せず、下水道もなかった。小学校の廊下には回虫が落ちていた。迂生も子供の頃何度か見たことがある。今になって考えると、あの頃の日本人の生活は、江戸時代からそれほど遠く隔たってはいなかった。
持続的低成長経済だった江戸時代は、ものを大切にする文化が育った。しかし、疫病や風土病がはびこり、幼児の死亡率が高かった。したがって平均寿命は短く、三十歳そこそこだった。天然痘がはやり、結核患者も多かった。元禄時代の美人画が丸顔なのは、結核に罹っていないことを示すためだと言われている。江戸のような都会ですら、疫病にはきわめて弱かった。とりわけ、日本人に免疫ができていない外国から入ってくる病気にはひとたまりもなかった。安政五年長崎に上陸したコレラは東進して江戸に到り、猖獗(しようけつ)をきわめた。死者が多すぎて火葬が間に合わず、一日に六百人もの死骸が残った。一か月余りの間に、江戸の死者は二十万人を超えた。五人に一人が死んだ勘定になる。
最近の自然環境保護の主張を聞いて思うのは、自然のままでは人間は生きていけない、ということをどれだけ身に沁みて彼らは知っているのかということである。持続可能な経済ということで江戸時代が理想化して語られることがよくあるが、病気だけに限らず、快適、安全といった点で甚だしく劣る世界であったことが忘れられている。近代都市文明は、エネルギーの膨大な消費の上にのみ可能となる。それは、自然環境に大きな負荷を与える。高層ビルの上下水道を考えてみればいい。都市がダムなしで維持できるはずがない。
われわれは遠くへ来てしまった。もう後戻りはできない。十二の冬の汽笛の湯気はすでに虚空に蒸散し、もはや取り戻すことはできない。
長井ダムには反対運動がほとんどない。幸いなことに、野川渓谷には人家も畑もなかった。一軒の立ち退きもなくダムをつくることができるというのは、実に幸せなことである。
迂生が最も心を傷めるのは、ダムのために先祖代々住み慣れた山間の土地をいくらかの賠償金をもらって立ち退く人々のことを考えるときである。それこそがダムをつくることの辛さの最たるものだと思っている。この問題については、また別に考えてみたい。
ダム建設が--多分、不当な--咎(とが)を負わされている問題がある。イヌワシ、クマタカの生存を危うくするという咎である。ダム工事の騒音や森林の破壊がこの貴重な鳥の数を減らす、という説があるらしい。本当にそうか。迂生は疑っている。『ダム事業におけるイヌワシ・クマタカの調査方法』(財団法人ダム水源地環境整備センター編・著)という本にざっと目を通してみたが、さっぱり要領を得なかった。
猛禽(もうきん)が減ったのは、森の木を伐り払って杉を植えたからではないのか。かつて木が飛ぶように売れて、山持ちが大尽になった時代があった。あのときにむやみやたらに山の木を切って、そこらぢゅう杉林にした。今は、儲からないという理由で手入れもしないから、細い杉が密生し、日も射さない。暗い杉林のなかにはウサギはおろか、ネズミすらいない。ヘビもいない。猛禽類の食べるものがない。食べるものがない森に鳥が棲むはずがない。そんなにイヌワシやクマタカが大事なら、杉林をブナの森に戻す努力をなぜしないのか。ダム工事を責めるのは、確たる根拠があってのことだとは思えない。現に、長井の現場の技術者の話では、工事中の現場の空にクマタカが悠然と舞う。今では固体が識別できるほどになったというのである。
近代技術を持った人間が、それまでは人跡未踏だった深山幽谷にまで進出したことは事実である。その過程で狼は絶滅した。狼を殺しながら鹿は保護した。そのため今では、殖えすぎた鹿を人間が鉄砲で殺さなければならなくなっている。猿にしても同様で、中山間地には農業がなりたたないほどひどい猿害に悩んでいるところがたくさんある。自然を保護するというのであれば、狼を輸入し、野に放つべきである。野生動物のサンクチュアリーをつくるべきである。それには覚悟がいる。厳しい自制が求められる。しかし、都市の利便性や快適さにどっぷり浸かっている今のわれわれに禁欲や覚悟や自制は、求めてもむりだろう。
自然保護を主張し、そのためにダム建設に反対する人々の話を聞いていると、彼らの言う自然と自然保護の動機に疑問を持つ。彼らの自然は、ピクニックやカヌー遊びや釣りができる自然である。カヌー遊びをするため清流を守れ。尺余のアマゴが釣りたい、だからダムをつくるな、というだけのことに過ぎないようにみえる。
迂生は今日の環境問題が重要でないというつもりはない。それどころか、このまま温暖化を放置するなら、ほど経ずして地球は再び氷河期に突入するだろうと考えている。温暖化ガスの濃度がある限界濃度に達すると後戻りのきかない気候の大変動が始まるのである。これは過去十一万年間の気温、降雨量、海流、塩分濃度、大気の温暖化ガス濃度の変化を調べる研究から導かれた気象学者の結論である。
昨今の世界の異常気象は前兆かもしれない。
もし本気になって温暖化を防ぐつもりなら、エネルギーを野放図に浪費し、温暖化ガスを大気に放出することを止めなければならない。今の経済システムを変えずに、そんなことができるだろうか。経済成長を達成しながら、エネルギーの消費を増やさないなどということが果たしてできるだろうか。資本主義ははたして持続可能か。これは一部の若い経済学者の間で論争命題になっている。資本主義的繁栄に環境がどこまで持ちこたえることができるか、深刻な疑問から生まれてきた命題であるといえよう。
繁栄とは経済が活発になることである。消費が盛んになることである。経済の活性化した状態では、エネルギーを含めてあらゆるものがどんどん消費される。今日、エネルギーの大半は化石燃料から得ている。化石燃料を燃やせば炭酸ガス(温暖化ガス)が出る。化石燃料に代わるクリーンで安価なエネルギー源は見つかるか。仮に見つかるとして、交代がはたして間に合うか。
いたずらに危機を叫ぶつもりはない。しかし、先にはっきりした光明が見えないことだけは言ってもよかろう。京都議定書にすら反対する人々がいるのである。思えば、人類は遠くに来すぎてしまったのかもしれない。
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