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構築物の風景 |
| 黒部川第二発電所・小屋平ダム |
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| 文 |
内藤 廣(Naito Hiroshi) |
東京大学大学院工学系研究科・社会基盤工学専攻教授・建築家 |
| 写真 |
大野 繁(Ohno Shigeru) |
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黒部の清流と発電所の建物。河が大きく左側に彎曲する所に建物は建っている。当初は、建物手前の擁壁はなかった。音を立てて流れる黒部の清流の向こうに見えるこの建物の凛々しい立ち姿は、実際に現地に立ってみないと分からない。ここから8.4km上流に小屋平ダムがある。
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黒部といえばクロヨン、すなわち第四ダムを思い浮かべる人がほとんどだろう。映画「黒部の太陽」での三船敏郎や石原裕次郎を思い浮かべたり、NHKのプロジェクトXの主役であった中村精さんを思い浮かべる人もいるかもしれない。高さ一八六メートル、幅四九二メートルにもなる第四ダムのスケールの大きさは、周囲の地形と相俟って戦後日本の一大事業のドラマの舞台として申し分ない。しかし、今回御紹介したいのはこの第四ダムではない。戦前につくられた黒部川第二発電所と小屋平ダムについてだ。
黒部渓谷に分け入るには、宇奈月温泉からトロッコ電車に乗るところから始まる。小さなトロッコ電車は、千尋の谷を縫うように走っていく。そのダイナミックな景観は他に類を見ない。黒部の素晴らしい渓谷を一時間ばかりかけて抜けると突然視界が開け、フィーレンデールトラスの個性的な橋の向こうに、第二発電所の白い建物が姿を現す。一見、どこにでもあるような建物だが、しばらく見ているとそのすばらしさが分かって来る。単純なラーメン構造の建物だが、端正な建ち姿、揺るぎないプロポーション、周囲の景観との対比がすばらしい。近代建築でつくられた神殿のような趣がある。
設計は山口文象。近代建築の黎明期の大きな流れである分離派建築運動のメンバーであり、その後、近代建築の生みの親ともいうべきドイツのワルター・グロピウスの元で学んだ。戦前戦後の建築界のリーダーのひとりだ。山口は、建築家でありながら土木構造物の意匠にも多数かかわった。関東大震災の後の震災復興局に製図工としてかかわり、当時橋梁課長を勤めていた田中豊の推輓もあって、日本電力のダムの設計に関わることとなる。
日本電力の土木部長であった斉藤孝二郎の竣工時の雑誌発表に寄せた一九三八年の文に依ると、一般的に河川の土木構造物は「判で押した様に型に嵌ったもの許りに多く、多少なりとも外観の調和に考慮して設計されたものが至って少なく、付近山水の景趣は兎も角、構造物自体はいかにも殺風景」であると断じている。さらに、我が国随一の峡谷として国立公園に指定されている自然景観の中で構造物をつくるからには、それに相応しいものでなければならない、と力説し、それ故に、建物のみではなく工作物全般のデザインの指揮を山口に託した、とある。当時としては、異例のことだったに違いない。
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沈砂池脇に建つ水門の塔屋。緩やかに円弧を描く形態が特徴的。だいぶ老朽化が進んでいる。横長に穿たれた窓など、きわめて現代的なデザイン。
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それを受けた山口の弁も面白い。黒部の景観を絶賛した後、この自然の中で膨大な量の近代的な構造物をどういう姿勢でつくるかを述べている。設計の過程で、監督官庁から、国立公園なのだから発電所は茅葺きの屋根を、堰堤は土橋のごとく、コンクリートには蔦を這わせては、などという指導があったと披露している。富士の霊峰を背景にして海洋に浮く「陸奥」の姿も得難い風景ではないか、コンクリートや鉄の構造物だからといって自然に受け入れられないことはない、問題はその構造物の機能的性格が偽りなく自然に表現されているかどうかに懸かっている、と論じている。戦争に向かう雰囲気の中で、それを逆手にとって近代的ものの考え方を説得する山口のしたたかさが見て取れて興味深い。これは、近代建築が世の中に受け入れられるために一貫して取って来た論の立て方だ。ただし、この詭弁が許されるためには、形を純化していくおおいなる才能と自然や周囲の環境に対して限りない敬意を払う謙虚な姿勢が不可欠だ。
第二発電所を過ぎると小屋平ダムに至る。このダムの堤体の形が面白い。機能的なものからほとんどのことが決まって来ているのは当然だが、堤体上部の中央の塔屋の形が流線形になっていて、ダムの形態全体を引き締め、まとめあげる役割を果たしている。そのあたりの造形手法が、いかにも分離派の好みが活かされているようで興味深い。
堤体の横に、沈砂池といわれる上が覆われたおおきなプールのような場所があるのだが、その両端に水門を格納する建物がある。普通なら何の工夫も凝らさないところだろうが、これがなかなか素晴らしい。二つの建物はゆるく円弧を描き、明かり取りの窓が細く横長に開けられている。形に対する細やかな配慮が、沈砂池上部に出来たコンクリートの殺伐とした広場に、柔らかな印象を与えている。沈砂池の内部も素晴らしい。ごうごうと音を立てて流れる大量の水に、広場に穿たれた細かなトップライトから光が落ちてくる。言葉を失うような荘厳かつ美しい光景だ。誰が見るでもないこの空間にも、山口はさまざまな工夫を凝らした。
一般に、建築は人に接するところにつくられる。ここでは、極めて限られた人しかその姿形を目にすることはない。しかし、そうした場所だからこそ、美しい自然に対して恥じることのないよう、人知を尽くして考え抜くのが土木の本懐なのではないか。土木のデザインとは、人知れぬ山の中で、自然を相手に、自らの良心だけを支えにつくり上げられるものなのかも知れない。建築家であり土木造形家でもあった山口の意気込みが七十年の時を経ても伝わってくる。
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