JCE Japan Civil Engineering Contractors Association, Inc. 社団法人 日本土木工業協会
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CE建設業界 2003年9月号 CE建設業界
 

<Contents>

 
対談
日本の土木を歩く
金口木舌
建設の歴史散歩
雑記帖
フォトエッセイ
プロジェクト・ナウ
ダム風土記
今月の表紙
目次
   
対談 これでいいのか日本
 元気を、美しい日本を取り戻そう
 
コシノジュンコ(Koshino Junko ファッション・デザイナー
葉山莞児(Hayama Kanji) 土工協・副会長兼広報委員長

長引く不況に人々は生気を失っている。
不況の元はデフレと空洞化だと言う。
そんななかにあって揚々と気を吐き、
八面六臂の活躍をしている人がいる。
ファッション・デザイナーコシノジュンコ氏である。
元気の源を尋ねた。


元気の源はビジョンを持つことから
「日本におけるニッポン年」とは
仮囲いから街を日本を変えよう
夢と感動を子供たちに
ユニフォームが持つ意味
国土に街に美意識の作興を



葉山 わたしども土工協は、土木の仕事に携わる企業の集まりですが、「土木」と言えば、その仕事の大半は「公共工事」です。ところが、現在は国・地方自治体ともに財政状況が厳しく、そのために事業がどんどん減らされてきています。それも単に減らされるだけでなく、"事業自体が無駄"といった喧伝をされ、事業に携わるわたしたちは、何か悪いことでもしているような一種、肩身の狭い思いをさせられています。

 一方、コシノジュンコさんは、今更わたしが申し上げるまでもなく、ファッション界の最先端を疾駆していらっしゃる方ですが、拝見していますとファッション界のみならず、あらゆる方面で元気いっぱいの活躍をなさっておられます。そこできょうは、その元気の源をお伺いしながら、元気そのものも少し分けていただいて、われわれも元気よく働き、"元気がいい日"本を取り戻せるように少しでも貢献できればと思っています。

 ずばり伺いますが、コシノさんの元気の原点と言いますか源は、ご自身でどこにあると思っていらしゃいますか。


元気の源はビジョンを持つことから

コシノジュンコ・ファッションデザイナー
コシノ それは生まれ育った環境でしょうかね。巨人の清原さんも同じですが、わたしは大阪府の岸和田市で生まれ育ちました。そして岸和田と言えば、何と言っても「だんじり祭り」ですね。それも、「だんじり」がいちばん見やすいとてもいい場所に、実家でもある母のお店があるんです。しかしそこは、子供のころのわたしにとっては好き好んで生まれたところではありませんから、早く逃げ出したいような思いさえありました。ところが気がついてみると、「だんじり」がわたしの原風景となり、生き方の原点になっていました。どんな仕事、職業に就くにしろ、子供のころの環境や経験、体験は大きな影響を与えてくれていると思いますし、将来の生き方にも関係していくと思うんです。

 とにかく、「だんじり」以外の岸和田にわたしはコンプレックスを持っていましたから、高校を卒業するとすぐ東京に出てきてしまいました。ところが、こうして出てきてしまいますと、九十歳になる母が今も岸和田に健在でいることもありますけれど、"ああ、故郷ってやっぱりいいなあ"と思うようになっていますね。

 "元気の源"ということについてですが、九十歳になる今もバリバリ働いている母の姿を見ていて思いますのは、常に「ビジョン」と言いますか「目標」を持っているということです。その目標は誰かから頼まれたり強制されたものではありませんから、必ずしも達成されなくてもいいもののようで、ですからある面では"勝手な思い"というようなものかもしれないのですが、とにかく何らかの目標を立てることで、"よし、あしたも早く起きてがんばろう"という気合いがかかる。目標を立てることと、それに向かって行動を起こす、そのことが楽しくて仕方がない。その楽しくて仕方がないことが元気の源になっているようなんですね。

 話は戻りますが、日本文化の源はお祭りじゃないかと思うのです。「文化」とは人々にとって、地域や民族にとって大事なものとして綿々として伝えられてきたもののことを言うそうですが、それを護り伝えていくためには、皆の気持ちが一つにならなければならないわけですね。日本には、世界に誇る数々の文化がありますが、それを護り伝えてくるのに皆の気持ちを一つにしてきたのがお祭りではないかと思うのです。お祭りがもしなければ、日本に固有のこの勝れた文化は、文化として花ひらかなかったのではないかと思うのです。

 東京に住んでいますと、"隣りは何をする人ぞ"ではないですが、ふだんのコミュニケーションがないですから、お隣りにはどのような仕事をなさっている方が住んでいらっしゃるのかさっぱり分かりません。それが三社祭じゃないですが、お祭りがあることでそのときだけは目標が一緒ですから、一致団結できるのです。そういう意味で、日本人のお祭り精神はただ楽しむだけではなくて、いざとなったらぱっと一致団結できる基盤をつくり伝えてきているのではないかと思うのです。

 ところで、葉山さんはどちらのお生まれでいらっしゃいますか。

葉山 わたしは昭和十二年に満州で生まれまして、終戦で厚木に引き揚げてきました。ですから大学二年までは厚木で過ごし、三年からは都内に下宿をしていました。ですから、コシノさんのような思い出深い故郷はと問われますと……。

コシノ 建設業にお入りになったのは、ビジョンがおありになった……。

葉山莞児・土工協副会長兼広報委員長
葉山 ビジョンがあったかと問われますと曰く言い難いものがあるのですが、簡単に申しますと、自分自身では決して工学部向きではなく、むしろ文科系の人間だと思っているのです。ところが父親が文科系で手に技術などの職がなかったものですから、終戦後はたいへん苦労をしたんですね。で、"何としても技術を身につけろ。上の学校に行くなら何が何でも理系にしろ"と強く言われて、やむなく工学部系に入ったのです。

 大学は三年になると専門に分かれるのですが、それでも文科系に未練がありましたから、工学部のなかでも幾分でも文科系に近いものは何かと探したら土木があった。それで土木を選んだのですが、卒業の昭和三十五年頃はようやく戦後の処理や復興も終わり、いよいよ飛躍・発展に向けて世の中が活気に溢れていた頃だったんですね。ですから建設会社に入れば元気よく仕事ができるということで入ったということです。ですから、きちんとしたビジョンというか将来の目標があったかと問われると恥ずかしいのですが、そういうものはありませんでした。そういう意味では、"お蔭様"の人生を歩ませてもらっているのだと思います。

 それに対して最近の若い人たちはとてもかわいそうだなと思いますね。元気よく仕事をやろうと思っても、元気を出せる場がなかなかない。例えば街中の工事現場などですと、ちょっと大きな声を出しただけでも周りから苦情を言われる。そればかりか、国のため、あるいは市民の皆さんのためにとやっている仕事が、汚いとかうるさいとか、あげくは無駄な事業だとまで言われ、肩身の狭い思いをしています。ですから、これまでお蔭様の人生を歩ませてもらったわたしたちの世代としては、今の若い世代も含めて、これからの人たちが、精神的な環境も含めて何とか元気よく仕事ができるような環境づくりをしていくべき義務があるのではないかと思っているのです。

コシノ そうですよね。今の日本は、特に若い人たちに元気に働いてもらえるような夢を与えていないですね。


「日本におけるニッポン年」とは

葉山 「夢」と言えば、コシノさんは河合隼雄文化庁長官をはじめ川渕三郎日本サッカー協会会長や樋口廣太郎アサヒビール名誉会長、児玉幸治日本情報処理開発協会会長といった方々と語らって、この停滞ムードにどっぷりと浸かってしまって元気を失った日本を憂え、何とか元気な姿、活力を取り戻そうと、「日本におけるニッポン年」という運動を立ち上げられたようですね。しかもその運動では、嬉しいことに、わたしたちの仕事である土木の工事現場を活用したイベントも、もう既に何回か展開されているということですが、その辺のことをお話しくださいませんか。

コシノ はい、「日本におけるニッポン年」というのは、ここに「趣意書」がありますが、いままさに葉山さんがおっしゃっていただいたように、この停滞したと言いますか、長い沈滞ムードに浸っている日本を何とかしたい、皆に元気を取り戻してほしい、そういう新しい日本のために、わたしたちが一石を投じることができればという思いを河合文化庁長官らと語らっているなかから立ちあがった運動なのです。ですから、"そういう志を持った人は集まって下さい、皆で一緒にやりましょう"と呼びかけています。

 そこで、では元気を取り戻すためにどのような取組みをするのかということですが、考え方のひとつは"額に汗して働く喜びを知ってもらおう"ということです。そして日本には、「人の技」つまり「技芸」と言いますか、いわば芸術的とさえも言える素晴らしい技術や技能がたくさん、それも連綿として伝えられてきているわけですから、それらをこの際、将来の日本を担う人たち、特に子供たちに"こんなに素晴らしいものがあるんだよ"ということを紹介しながら教え伝えていこう。今の日本には外国のものが溢れ返っていますが、そういう外国のものを百パーセント鵜飲みに飲み込んでしまうのではなくて、日本のいいところをきちんと継承して、皆で新しい日本をつくっていこうよ。君たちが描く素晴らしい日本をつくっていこうよという呼びかけと夢を子供たちに発信し続けていこうということなんです。ですから、この「日本におけるニッポン年」というのは、ある年だけの運動ではなくて、これからずうっと続けていきたいということなんですね。

 これは意識の問題だと思うのです。日本人である以上、この日本を良くするために残すべきものは前向きに残す、良いものは良いときちんと認めて、次の世代に受け渡していく。いま日本を担っているわたしたちの世代には、そういう責任もあると思いますし、とすればそのことを誰かが言い出さないといけないわけで、じつはわたしはいつも思うのですが、「リーダーシップ」という言い方はすごく嫌ですけれども、"では、言い出しっぺのわたしたちで始めよう"と……。

「日本におけるニッポン年」趣意書
 ニッポンの魅力を再発見・再構築し、その「人・地域」を輝かせるとともに新しい日本を積極的に世界へ伝えることが今まさに必要とされています。

 世界に誇れるニッポン文化を時代というレールに載せて再認識し「日本人の心と自信と誇り」の復活を促す運動を始めたいと思います。

 この運動では、身近にある無意識に受け入れているあたり前のことを「なぜ?」という視点で改めて問いかけ、その中から素晴らしさや魅力を『知恵と力と体』で発見し、その喜びを増幅させ一人一人の財産とするとともに、それをできるだけ多くの人々と共感していきたいと思います。

 世界から注目・評価され、日本人の誇りと自信を回復するために、新しい見本の魅力を統合的かつダイナミックに、国内そして世界へ発信する『Act & Think』発動型プロジェクト、「日本におけるニッポン年」です。

 本プロジェクトは産・官・民・学等の様々な領域の個人ひとりひとりが熱意と決意を持って取り組んでいく国民的な国づくり運動と致したい所存です。

 つきましては本趣旨をご理解頂き、ご意見・ご批判を頂くのは勿論の事、是非ともご参加を賜りご協力頂きますようお願いする所存です。

 二〇〇三年
「日本におけるニッポン年」呼びかけ人代表   

  河合隼雄(文化庁長官)
  川淵三郎(日本サッカー協会キャプテン)
  コシノジュンコ(ファッションデザイナー)
  児玉幸治(日本情報処理開発協会会長)
  樋口廣太郎(アサヒビール名誉会長)



仮囲いから街を日本を変えよう

葉山 その「アクションプログラム」を拝見しますと、ほんとにいろんなイベントと言いますか取組みをなさっているんですね。日本各地で明日のニッポンを考える「一〇〇〇日フォーラム」とか、ニッポン人の技の発見と紹介をする「人の技による日本復興―技芸百撰」、美しいまちづくりを目差す「美しいニッポンを取り戻すプロジェクト」ですとか、そしてびっくりしたのが、少年少女を対象にして未来の日本づくりの一端を学ぶ「公共工事現場活用実践授業―地底探検」という現場見学会プログラムがありますが、この工事現場見学会を組み込まれたのはどのようなところからお考えになられたのでしょうか。

街の雰囲気にマッチし目にも美しくデザインされた仮囲い
コシノ 青山の高樹町の通称「骨董通り」という一角に、わたしどものビルが建ってすぐのことでしたが、ある日、工事関係の方が訪ねてこられて、「これから三年の予定で、お隣りの公園を基地にして東京都の下水道の工事をさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします」っておっしゃるんですね。計画をうかがうと、わたしどものビルのすぐ隣りの公園に五百平方メートル、高さが十六メートルの、ビルでいえば五階建てくらいの仮囲いを建て、そこを基地にして下水道のトンネルをシールド工法で掘るというのです。

 そうすると、わたしどもとしては三年間もその工事と付き合っていかなければいけないわけで、しかし公共工事とあれば、これは社会のためのものですから、それに異を唱えるなんてことはしたくありません。ただ、目の前にできる大きな、しかも造作物としては決して美しくも楽しくもないものを毎日毎日眺めて暮らさなければならないのはとても辛い。そんなことで、"せめて外壁くらいは見苦しくないようにしてください。よろしければデザインのお手伝いくらいはさせていただきますよ"ということで、手伝わせていただいたのです。

 どのようなデザインをしたかといいますと、外壁全体を日本の伝統色である「千草鼠(ちぐさねず)」というグリーンのグレイッシュな色でまとめ、そこに白と黒で墨絵をイメージした絵柄をデザインしたのです。そうしたらこれが、"何の建物だろう"ってたいへん評判を呼びまして、いろんな人が覗いていくようになったのです。それと、ああいう場所はすぐにペイント・スプレーなどでひどい落書きをされてしまうのが普通ですが、あのようにきれいになると、さすがに落書きをする人はだれもいませんね。

葉山 建設現場は日本全国にそれこそ何万とあって、そのほとんどに仮囲い的なものはありますから、そういったところをデザインしていくだけでも世のなかは変わっていくかもしれませんね。

コシノ そうそう。建設業のイメージを変えていくには、まずそこからということもありますね。

葉山 ただ、それを"それぞれで考えろ"と言われますと、それこそまたてんでんばらばらになる可能性がある。

コシノ そうそう。"デザインを"と言いますと、すぐ鯨の絵を描いてみたり、(笑)金魚や得体の知れない花の絵を描いてみたり、これではいろんな色が氾濫してぐちゃぐちゃになり、却って街が汚らしくなってしまうんですね。

葉山 ですから、「この人に相談しなさい」、あるいは「わたしに相談を」と言っていただけると……。

コシノ ぜひ組んでやりましょうよ。それこそ街のためになることじゃないでしょうか。

葉山 仮囲いが日本を変える。いいですね。


 
   
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