JCE Japan Civil Engineering Contractors Association, Inc. 社団法人 日本土木工業協会
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CE/建設業界
 
CE建設業界 2003年10月号 CE建設業界
 

<Contents>

 
インタビュー
座談会
意見・提言
日本の土木を歩く
金口木舌
建設の歴史散歩
研究余滴・野帳余白
フォトエッセイ
プロジェクト・ナウ
ダム風土記
今月の表紙
目次
   
フォトエッセイ 構築物の風景
 阿蘇・草地畜産研究所
 
内藤 廣(Naito Hiroshi) 東京大学大学院工学系研究科・社会基盤工学専攻教授・建築家
写真 大野 繁(Ohno Shigeru)  

広がる牧草地と堆肥倉庫の建物。屋根の白く見える部分は、光を取り入れるためのポリカーボネイトの波板。黒い壁は金属葺き。一面緑の中に浮かぶ白と黒の建物。
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 いつ訪れても阿蘇は何かを語りかけてくる。それが何か、はっきりとは言えない。人間を超えたもの、再生する自然、気の遠くなるような時間、巨大な地形の持つ意志。そのようなさまざまなメッセージが、外輪山の尾根の頂きに身を置いた瞬間、一挙に襲ってくる。展望台に立てば、外輪山の描く巨大な尾根の円弧、その擂鉢の底に霞んで見える人家や畑、それらが一望出来る。これほど人の営みの小ささを思い知らされる風景もない。

 十年ほど前のとあるシンポジウムでのことだ。一人の外国人が壇上で説明を始めた。牛にとって気持ちがいい建物を設計したんだ、人間のほうは多少不満かも知れないけどね、それと日本は雨が降るから建物は傘をさすかレインコートを着るほうがいいんだ、とおどけながら傘やレインコートのイラストをスクリーンに映し出した。一メートル九〇センチを超える巨漢は、イギリス人らしい洒落たウィットで聴衆を煙にまいて、いかにも楽しそうに建物のプレゼンテーションをした。細川知事の時代、熊本アートポリス構想というプロジェクトが立ち上がった。県内に建てられる建物のめぼしいものを、全国レベルで活躍している建築家に設計を依頼し、地域の刺激剤にしようという画期的な試みだった。この事業のひとつとして、ヨーロッパの建築活動の重要な拠点のひとつであるロンドンのAAスクールで教鞭をとっていたトム・ヘネガンが指名された。トムは一九九〇年に来日し、東京を本拠地としてこの仕事に取り組んだ。

切り妻屋根の単純な形態には、簡素であることが精神的な気高さに繋がるというようなメッセージを感じる。こうした建物の在り方自体が、バブル期の建物の鋭いアンチテーゼとなった。
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 阿蘇の外輪山、大観望の近く、尾根沿いに走る通称ミルクロードと呼ばれている牧草地が続く道の終わりのあたりに熊本県草地畜産研究所がある。ここでは、高原特有の気候条件と草地を利用して、家畜の飼育生産と肥育の技術を研究している。場内の草地のあちこちに牛や馬が散開して見える。トムが手掛けたのは、この中にある畜舎や倉庫といった十一の施設群だ。日本ではめったに見ることが出来ない広々と広がる草原の丘、うねるような柔らかな緑の絨毯のあちこちに、ポツンと置かれるように建物が建っている。遠目から見る外観からはこれといった特徴はないように見える。どれもいかにも控えめな建物だ。しかし、広がりのある所では建物は簡潔な形態のほうがよい。簡潔であればあるほど、敷地との応答の仕方が明解になるからだ。よく見てみると、屋根の形、建物の敷地とのバランス、ディテールや素材の扱い方、どれをとっても配慮が行き届いた建物であることが分かる。基本的には切り妻で、建物の屋根の上のほうは銀色の金属板葺き、低い所は黒の金属板葺きといった地味な出立ちだ。建物の構造は、手荒く使う壁の部分はコンクリート、その上は木造の小屋組がスタンダードで、堆肥倉庫はスパンが大きいので鉄骨のトラスで組み上げられている。

 狂乱のバブル経済の後、人々は建物に精神性を求め始めていた。この建物の特徴を一言で言えば、建物なんて難しく考えないでもっと単純でよいのではないか、というところにある。複雑に思考や思いを重ねれば重ねるほど建築は饒舌になり、それと同時に力を失っていく。簡素な佇まい、単純な構成、素材との対話、このプロセスなくして建築は、場所と語らい、大地と交歓することはできない。

 建物が完成してから十年、時を経てすっかりこの土地に馴染んでいる。牛や馬が気持ちよさそうに日なたぼっこをしている。トムがいうように彼等にとっては快適な環境になっているようだ。牛や馬の顔つきもいい。あらためて訪れてみて素晴らしいと思ったのは堆肥倉庫だ。堆肥が幾つかのコーナーに分かれて保管されている。何の無駄もない簡素な建物だが、むき出しの構造と屋根からの光が、不思議なことに教会のような荘厳な静寂を生み出している。ここで試みられているのは大袈裟な建築表現ではない。あくまでも大地と語らうこと、その中に見出される詩的な表現だ。トムはこの場所と語り合ったのだろう。そして建物はいまだに大地と会話を続けている。つまり、風景になりつつある。


 
   
 
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