JCE Japan Civil Engineering Contractors Association, Inc. 社団法人 日本土木工業協会
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CE/建設業界
 
CE建設業界 2003年10月号 CE建設業界
 

<Contents>

 
インタビュー
座談会
意見・提言
日本の土木を歩く
金口木舌
建設の歴史散歩
研究余滴・野帳余白
フォトエッセイ
プロジェクト・ナウ
ダム風土記
今月の表紙
目次
   
雑記帖  
 大切な物
 
黒田昭男(Kuroda Akio) 真柄建設・土木工事部部長

 今年の夏は、夏らしくなかった。太陽がない。七月の終り頃には、暑い夏が来ると誰もが信じていたのに、この筆を走らせている夏休みも夏らしくない。雨ばかりだ。

 「土木屋を殺すに刃物はいらぬ、雨の三日も降ればよい」。作業員のほとんどが月給制ではないので、仕事が出来なければ生活と直結する。三十年前は、雨で現場の作業が出来なくなると、所長の「今日は日曜日にする」の一言で、曜日に関係なく休日となり、日曜日が出勤になった。年月が経ち、自分が所長となってからは、雨と工程表(工事のスケジュール表)を見ながら、どうやってこのロスを取りもどすか智恵を絞ったものである。

 夏の雨をうらめしく思うのは私だけでなく、日本の国民全員であり、特に待ちに待った夏休みを台無しにされた子供たちだっただろう。本来なら八月は、海で遊ぶ人々で日本全国の海に歓声が上がっていたはずである。

 ところで、日本の砂浜の中に、足で踏むと鳴る砂があるのをご存知だろうか。

 鳴り砂とは、砂の上を歩くと「キュッキュッ」と音がする砂のことである。鳴り砂は海岸の砂浜や、海外では砂漠にもある。日本では、一九〇〇年頃全国に六十か所程度存在していたことが文献などからわかったが、現在は二十数か所程度まで減少している。

 当社では、この「鳴り砂」の研究をしている。鳴り砂は、粒のそろった大変美しい石英の多く含まれた砂が、こすれあって音を発するものである。石英粒を多く含む大きな花崗岩のうち、長石と雲母が長い年月をかけて風化して土に還り、残った硬い石英粒だけが河川を下り、波の力や海流に乗って海岸にたどり着く。この石英粒だけが多く堆積した海岸が、鳴り砂海岸となるのである。石英粒の含有率が六割以上の砂浜で「キュッキュッ」と鳴くことを教えてもらった。


 平成二年頃、当社で石川県門前町の鳴り砂が鳴いたり鳴かなかったりする原因とメカニズムを調査していると聞き、初めて私は鳴り砂を知った。

 では、なぜ鳴らなくなったのだろうか。きっと海が汚れて鳴らなくなったのだろうと思い、実際に調査した社員に話を聞いてみた。

 鳴らなくなった原因は、みなさんのご想像どおり、砂にゴミ(微量の汚れ)が混入したためである。鳴り砂を人工的に再生するには、砂を洗浄することが必要となってくる。不純物の少ない水を常時循環させて洗浄することが有効だそうである。人間が行うには大変な労力が必要なことを、自然は何も言わず行なってきたということだ。

 波は、砂の研磨や洗浄を行なうが、洗われた砂には、塩分が混じっていて鳴らない。砂浜に降る雨が砂の塩分を流し出すことによって、長い年月鳴り砂を守ってきた。人間は鳴り砂を再生する技術を持ってはいるが、多額の費用を要する。海と浜の周りの環境を汚さないことが人間に出来ることなのである。

 海を汚さないこととはどういうことだろうか。海に行ってゴミを捨てないのはもちろんのこと、その砂浜をつくっている目の前の海から、対岸の海までの環境を汚さないことが非常に大切である。

 科学的に証明されたわけではないが、鳴り砂海岸の流域の下水道が整備されて砂がよく鳴くようになった。海の近くの国道が新しく整備されて海岸より少し離れたら鳴くようになった。沖の消波ブロックを少なくしたら鳴くようになったという事例がある。

 大切なのは、自然の回復する能力を衰退させないように環境に対して配慮することだ。渚は、人間にとって憩いの場であり、糧を得る場であり、そこで命をはぐくむ生物の棲み家であり、水質や海底の浄化の役をなしている所なのだから。

 近年、海辺につくる土木構造物は、人と自然を考えた親水を基にしたものへと変わって来ている。

 今夏の雨は、災害も数多くもたらした。人間は常に自然を相手に「治山・治水」と「社会資本整備」を進めて来た。土木技術者として工事に携り、数々の工事を完成させて来た。工事を完成させた喜びもあるが、土木屋最大の財産は人である。土木屋として智恵を発揮する仕事は、言われるままにする仕事に比べ何倍もの努力が必要だが、その智恵で酬いられた時の喜びもまた代え難いものがある。その智恵が部下に伝わり、より良い仕事を完成させることの継続が、企業の礎となる。

 鳴り砂を育てているのが風であり、波であり、雨であるように、まったく人間の手の加わることが出来ない現象は別にして、山や森林にも同じ事が考えられる。海と言えば「白砂青松」ということばがあるが、山や森林も、人がまったく植林しなかったらどうなるのだろう。

 「潜在自然植生」という植生法がある。人間がまったく手を加えなかった太古の時代、日本各地には、その地域特有の植物や木が存在していた。その植生こそが、永久に人間の手を借りずに、すばらしい森林を形成する潜在自然植生である。ドイツでは、潜在植生法による緑の再生を実現し、その緑を利用した防音林や防風林が存在している。

 忘れてならない事は、人は自然に生かされ、自然から多くのことを学び智恵をつけた。私も現場に配属されて、人と自然からいろいろなことを教えてもらった。

 「土木」という言葉は、「築土構木」という中国の古語に由来するという。土木の歴史は古く、古代エジプトのピラミッドや中国の万里の長城、日本では古墳なども土木の仕事である。仕事はつねに自然の中でつくるものが多く、よく上司から自然の智恵を教えてもらった。

 「地面より低い所で仕事をする時は、水に気をつけろ」「川がある右岸と左岸の山では、土質が違う。同じと思うな」「竹林の下は地層が良くない。穴を掘る時気を付けろ」「岩にもメがある。発破はそのメに気を付けろ」「土工事は常に水処理を考えろ。水を溜めるな。水を導け」「地方で仕事をする時は、地元の人に話を聞け。見た目で判断するな」「山の弱い所が谷になり川になる。地形の隆起には訳がある」……。

 鳴り砂は、自然の要素がいろいろ関わり合って出来た砂浜である。土木構造物も一見コンクリートの塊りだけにしか見えないかもしれないが、その構造物をつくる何万通りもの過程を通じて出来上がった物である。鳴り砂のように、土木構造物は山から得られた鉱物(セメント)と木材を加工して、波や川の代わりに人間が運び、出来上がった物を人が使う。違うのは、自然がつくったものではないので、人の手で維持補修する必要があることだ。

 土木は人が生活する上で必要な社会資本(道路、鉄道、上下水道、港、空港等々)を整備する仕事であり、今後も土木技術はますます進みロボット化が進むであろう。それでも、物をつくる基本は、人であることに変わりはない。

 鳴り砂が鳴かなくなった原因は、海が汚れたのも一つだが、その周り、あるいはもっと川の上流にも原因があるかもしれない。人は、すぐ目の前の海だけが汚れたと思うかもしれないが、すべてに別の大切なものがあると思う。

 土木屋は、数学よりも物理学、いや人間学・自然学が必要ではないだろうか。その基本は、「何もない所から智恵を出して物をつくるのが好き」「人と自然が好き」という単純な心のスタンスがあれば、人や自然から教えてもらうことが多くある。

 次世代が、私たちの技術を受け継ぎ、自然と共存出来る土木構造物にしていくことが、その地域にマッチした工事をすることが、社会を豊かにするのだと思う。

 土木は、「汚いからいや」「汗をかくからいや」「イメージが嫌い」と言う人もいるだろう。その反面好きだという若人よ、ぜひ土木にチャレンジしてほしい。

 数少ない自然と人が向き合う職業であり、人が生きる上で絶対必要な自然と同じくらい大切なものだから。


 
   
 
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