
トンネルの掘り方
菊池寛の小説『恩讐の彼方へ』に出てくる青の洞門は、出家した侍が過去の非道を償うため、難所に安全な道をつくろうとして、岩盤を穿(うが)った手掘りのトンネルである。掘る道具はノミと槌だけで、一日当り四センチ、年間一五メートルで、三百メートルを掘り切るのに二十一年を要している。岩質にもよるが当時の手掘りであれば、実際この程度の歳月は要したものと考えられる。現代であれば一日五メートル、月百二十メートルで二月半もあれば完成する。実に百倍のスピードである。
トンネル掘削工法は、発破掘削と機械掘削に大別される。どちらも「掘削」「ずり出し」「支保工」の順で作業を進め、通常で一サイクル一メートルほどトンネルを掘進する。
発破掘削はまず削岩機を使って切羽(きりは)に孔をくり(二車線道路トンネルで百孔ほど)、孔にダイナマイトを装填して岩盤を一気に爆破して掘り進む。続いてダンプカーやベルトコンベアを使って破砕したずりを出した後、むき出しの岩盤を支え保護するため(支保工)、厚さ十センチほどのコンクリートを吹き付け、長さ三メートルほどのロックボルトを十数本打ち込み岩盤を締め上げる。
このサイクルを繰り返し、トンネルを百メートル以上掘進したところで、後方で移動式型枠(写真―1)を組み立て、仕上げの覆工コンクリートを施工してトンネルが完成する。
今問題となっている山陽新幹線建設当時の覆工と比べると、材料は別にしてもコンクリート打設機械の空気搬送式から油圧圧送方式ポンプの使用、覆工の上・下半分割逆巻打設から、全断面一括順巻打設、天端のコンクリート完全充填を可能にした吹上方式の開発など設備・工法ともに進歩をとげ覆工品質の標準化と安定に寄与している。
機械掘削は、ブーム式掘削機とTBM(トンネルボーリングマシン)に分かれる。ブーム式掘削機(写真―2)は、ブーム先端のカッタービットのついたドラムを回転させ切削していくもので、近年馬力アップして大型化してはいるが、切削機構上、いまだアルフレッド・ノーベルの発明したダイナマイトの威力にはおよばず軟岩対応機種となっている。
近年、第二東名・名神高速道路等の建設で多用され、一躍脚光を浴びているTBM(写真―3)は、ローラービットのたくさんついた面版(カッターヘッド)を強力な油圧で岩盤に押しつけながら回転させ、岩盤を圧砕して掘進する仕組みで、仕上り面は真円となる。岩盤が安定していれば発破工法の数倍の能率で掘進可能である。が、破砕帯などの不安定地山に遭遇したときの対応が難しく、その克服が課題となっている。TBMは今後のトンネル掘削工法の旗手としてその発展が大いに期待される。
『高熱隧道』
吉村昭の同名の小説は、黒部川水系に幾つか建設された発電所の導水路トンネルで、史実に沿ったドキュメンタリータッチで記述されている。高熱隧道の最先端の切羽で作業する坑夫を冷やすため、水を掛ける人がおり、水掛け人に水を掛ける人、さらにその人に水を掛ける人と延々十数人の水掛け人を配置したという。
高熱隧道で問題となったのはまず「熱」である。高温岩盤は発破直後高熱を放出するが、冷風を大量に送ることにより次第に温度を下げ、作業可能な状態まで環境を改善できる。問題は「熱水」による火傷で、消防服などでは防護できず宇宙服なみの仕様が必要となり、これは現実的ではない。したがって熱水は、掘削前に止水注入で封じ込める方法しかない。火薬類も七十度を超えると爆発の危険があるので、特に雷管は耐熱仕様の特殊品を使う必要がある。
一番恐ろしいのが火山性ガス、特に硫化水素の突出である。温泉地の腐った卵のような臭いがそれで、これは極く微量で無害である。有害な濃度の硫化水素は無色無臭なので、切羽にガス探知警報器をつけ、酸素ボンベを装備した緊急避難用車輌を配置することで対応する。黒部の当時はこのような技術も確立されておらず、発破事故や熱中症などで多くの犠牲者がでたようである。
以前私がたずさわった安房トンネルは、飛弾高山と信州松本を結ぶ中部山岳地帯の安房峠直下を通過する。安房峠は穂高や乗鞍など日本アルプスの山々に囲まれた標高千八百メートルの峠で焼岳の噴煙が一望できる火山地帯である。峠は冬、雪に埋もれ通行止めとなるため、延長四千三百メートルの安房トンネルが計画され、一九八三年調査坑が着手された。坑口から四百メートル進んだところ、それまで指を切るように冷たかった切羽湧水が急激に温かくなってきたので、調査ボーリングを行った。百メートル削孔したところで断層に当たり、突然七十度の熱水が毎分二トンも噴き出した。坑内はたちまち五十度を超え、灼熱地獄と化した。それまでも換気設備を増設して坑内の温度を下げていたがとても足りない。急拠、安房沢から冷水を汲み上げて散水し、ようやく作業可能な状態に回復できた。その後の調査で、熱水は断層に沿って上昇してきたものと判明した。この熱水区間は薬液注入で熱水を止め、冷風を送り岩盤温度を下げて突破した。
この安房トンネルも着工以来十五年を経た九七年より供用され、通年通行が可能となり、北陸と関東を結ぶ最短路として地域物流に寄与している。
断層破砕帯
石原裕次郎主演の映画『黒部の太陽』は、黒部ダム・アクセストンネルでの断層破砕帯突破がメーンテーマで描かれている。断層とは岩盤がある面を境に隆起や陥没などの地殻の変動で層理が不整合になっている状態をいい、通常不整合面は、ズレた圧力で岩盤が粘土化しており、その前後の岩盤は破砕され角礫状を呈している。この断層角礫は通常地下水で満たされている。断層にトンネルが近づくと、手前の地下水位は低下していくが、断層粘土にさえぎられた向こう側の水位は下がらず、突発的な高被圧水と土砂噴出の危険にさらされる(図―1)。
先の安房トンネルから二百キロほど南下したところに、日本でも有数な活断層の一つ阿寺断層がある。飛弾川から馬瀬川に水を運ぶ中呂トンネルがこの断層の北端にかかっていた。硬岩地山を発破で掘り進み断層に近づく。断層の向こうには、厚い粘土でさえぎられた二百五十メートルのヘッドを持つ水が待っている。突然、土圧と水圧のバランスが崩れ、水が岩の割れ目を押し拡げて山鳴りとともに走り回り、それまで発破で掘っていた岩盤がもろくも破砕され、あっという間にトンネルが潰されてしまった。少し後退して右か左に迂回坑を出す。また潰される。こうして五、六本の迂回トンネルを掘り、ようやく水圧が低下して断層の向こう側にたどりつく。出来上ったトンネルの平面線形がサボテンに似ているのでこのやり方をサボテン工法と称した。そしてまた次の断層に近づく。この繰り返しで阿寺断層とその派生断層を横切るのに、ゆうに二年を要した。この中呂トンネルはいまだ健在で、水力発電というクリーンエネルギーを供給し続けている。(写真―4)
おわりに
古来のトンネルでは、守護神をヤマの神と呼び、女神であるが故に女人をトンネルに入れると嫉妬し、ヤマが荒れるといい、女人禁制となってきた。欧米では、トンネルに愛称をつける習わしがあり、通常は現場長の奥方の名前をつけている。洋の東西を問わず、カミさんの恐ろしさは一緒ということか。
それはともかく、昔からトンネルの坑夫はトンネル最先端の切羽を鏡(かがみ)と呼び習わしてきた。それは神社の御神体が鏡であるように、切羽は現世と神の世の境界であり、人間の力ではいかんともし難い大自然への恐れと祈りを込めてきたものと思われる。私たち土木技術者も人間の一方的な都合で大自然の一部を使わせてもらっているという謙虚な気持を持ち続けなければならないと考える昨今である。
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