大林組・社長向笠慎二(むかさ しんじ)

 一昨年の秋、久し振りに米国のボストンを訪れた。彼の地で大規模な地下道路工事を受注したので、その工事の様子を視察するのが主な目的であった。

 行って見て驚いたのは、何とボストン市街地の地上を走っている高速道路と鉄道を全て地下化しようとしているのである。聞くところによると優に一兆円を超す工事費をかけているようで、その大部分を国からの援助でまかなっているということであった。ボストンは御存知の如く米国の都市の中では古い歴史をもつ、日本でいえば京都に似た雰囲気をもつ都市であるが、いまやこれらの地上の高架道や鉄道が都市の美観を害するということで、大金をかけて地下化を行っているのである。

 この様子を見た時、とっさに頭に浮かんだのは東京の日本橋の上や墨田公園の上にかかっている高速道路の景観である。これらは日本の経済発展に大いに寄与して来たことは事実であるが、今となってはこれらの場所のかつての美観を著しく害していることも確かである。これらをボストンと同じように地下化出来ないものであろうか。技術的には日本の進んだ土木技術で十分に対応可能であると考える。資金的には今の日本の経済力をもってすれば容易に出せるであろうし、経済的に力のある今が一番適切な時期であるとも考えられる。最近よく無駄な公共事業というようなことを聞く。この辺もいろいろ議論のあるところであろうが、しかしこのような都市の美化事業に金を費うのであれば容易に国民の賛同を得られると思う。

 このボストンの事業について、内容面でも印象に残ったことが二、三ある。一つはコンサルタントをベクテル社がやっていて、ソフトの内容に対し二千億円という尨大な契約金額であると聞いたことである。その後、東京の地下鉄工事での工事費増大の問題がマスコミに採り上げられてきたので、思い当ったものである。

 御存知の如く地下鉄工事では本体工事の他に工事費を左右する条件として、当該地の土質や水の状況の他、複雑で危険性の高い夥(おびただ)しい量の都市埋設管や障害物、建物の基礎や地下室等々がある。これらを事前に全て調査して対策を立て、適した工法を定め、これらをまとめて発注用の設計図書にし、発注ドキュメントにするには相当の期間と尨大な費用がかかる。

 先のベクテルのソフト契約金額がなぜそんなに大きいのか疑問に思ったが、こう考えるとよく分かる。これをボストンではベクテルにやらせ、これらの条件を始めから明示して工事費に計上出来るようにしていると思われる。東京ではそのようなことをしていたのでは間に合わないので、あとで清算をする方式をとったようであるが、しかしあとで工事費が大幅に増大して来ると理由のあることであっても、前述のような専門的なことがらは一般の人には分かり難いことであるので、世間のいろいろな批判をあびることになる。

 もう一つは些細なことではあるが主要な鉄筋は全てエポキシコーティングをしたものを使っていたことである。これも最近、鉄筋の錆から来るコンクリートの剥離が問題になっているが、ボストンはすぐ傍に海があることもあり、鉄筋の塩害対策を立てていたのである。

 私は日本橋のロータリーに入っている。一昨年暮の炉辺会でメンバーの日本橋の方たちと会食をした際、何か話をしろということで、このボストンでの高架道の地下化と都市の美観を主題とした話をした。あの日本橋の上を走っている高速道路を地下化して、昔の美しい日本橋の景観をとりもどしたいというと、メンバー全員が大賛成で、是非、実現に向け努力したいということであった。私も何か機会のあるたびに、この話をし、活字にして、実現のため微力をつくして来た。

 年も明けたある時、さるプロジェクトの起工式が行われ、私も出席をした。かなり大きなプロジェクトであったので、起工式のあとのパーティーには多数の各界の著名人が出席していたが、その中のさる都議会議員の方が私のところにわざわざ見えて、大林さんには大変お世話になったという。何のことかと思っていると、実は先日ボストンに行って、おたくの現場を見せて頂き、おたくの現場の方々に大変お世話になったのでお礼を言いたいとのことであった。

 ところがいろいろ話をしているうちに、実は日本橋の高速道路を何とかしたいと思い、参考にボストンの現場を見に行ったのであって、日本橋のほうの高速道路の地下化は必ず実現させるつもりだと言われた。これを聞いて何だか瓢箪(ひようたん)から駒というか何とも驚いたことである。勿論、是非実現して欲しいと強くお願いしておいたが、その時つくづくと、世の中の為になることはいろいろな方法でいろいろな人たちに話をしておくべきだと実感した次第である。勿論、私はこの夢の実現には何の役にも立っていないのであるが、これが本当に実現すれば、私もひそかな自己満足に浸ることが出来ると期待をしているのである。

(Copyright (c) 1999 社団法人日本土木工業協会)


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