
沢木 太郎 (さわき たろう) ライター
二〇〇二年が明けた。だがここ数年来、建設業界にとって新年が来ても、心からおめでとうと素直に言える状況にはない。新年特有の「今年こそは」というやる気と希望が出てこないのである。特に今年はひどい。どこを見回しても暗い材料ばかりが目につく。この原因は先月号でも触れたように、ひとえに政策の貧困のせいである。政策がもたらした景気の失意なのだ。
政府の経済見通しでは、実質成長率がゼロ%とされたが、その数字を信じるものは誰もいまい。日銀の短観指数は四期連続悪化し、特に建設業は九月マイナス三六、十二月マイナス四二、三月予測マイナス五〇と底をはっている。現状の経済がこんな状況なのに、しかも景気回復の特効薬を見失ったままで、経済見通しがゼロ%成長で済むという判断は願望以外の何物でもない。
その見通しがつくられる経過がまさに政策の貧困だ。朝日新聞ではこう書いている。「内閣府は当初、マイナス成長の政府経済見通しも検討していたが、財政出動の口実になりかねないことから財務省が難色を示していた」(十二月十五日付)。この記事が正確ならば、徹底したアンチ財政政策に凝り固まっている現政権は、「財政出動の口実」という角を矯めて、経済の牛を見殺しにしようとしていると言われても仕方がない。
政府がゼロ%成長とした根拠は米国の景気回復の波及、そして二次補正予算だという。しかし米国が好景気であっても日本は不況に喘いでいたのがこの数年間の実情であったし、細切れの二次補正でやろうとしているのは相変わらず、供給改革に限定した補助金のバラマキに過ぎない。これで景気回復ができると考えるのは、日本経済の病根がかすり傷だというに等しい。一番の問題は、「財政出動」となれば、守旧派と同じと言われ自らの政治生命の根拠を失うだけに、それを封印することばかりに躍起になっている姿勢であろう。ここからは、現下の経済に必要な「需要の喚起」という発想は出てこない。
昨年後半の、一部上場企業の相次ぐ経営破綻は、「構造改革の表れ」と見る向きもあったようだが、経済を冷え込ませ、信用不安を募らせた。企業は一層の守りと節約のギアチャンジをし、手形が通用しにくい取引は自由度を失っている。ここから雇用と投資が生まれるはずがなく、さらにデフレスパイラルへ加速するばかりだ。
新年に入り、ペイオフ解禁、新会計処理による連結決算、連結納税制、銀行の合併・統合が待ち構えている。これらが「需要の喚起」をさらに遅らせ、経営破綻をさらに続出しかねない。それなのにゼロ%成長で持ちこたえるという政府見通しの甘さには、心底怒りさえ覚えるのである。
さて、怒ってばかりいてもラチはあかない。新年らしく、少しでも建設業界の可能性を探ってみよう。
建設業界が展望を開くためには、一刻も早く過当競争を止めることである。受注すればなんとかなるという発想を捨てることである。昨年九月の中間決算は、減益と赤字が広く深く進行していることを示した。ゼネコンだけではなく、バブルの悪影響を逃れた設備工事業も、地元優先の恩恵にあずかっていた地方業者も、設計事務所やコンサルタントも、そして倒産が増大している専門工事業界も一様に業績を悪化させた。これはもはや一企業の問題ではなく、建設産業の構造的衰退が顕在化しているのだととらえるべきであり、新年三月の本決算でこの構造的赤字スパイラルはさらに顕在化するであろう。このスパイラルを脱却するには、受注産業の習性を改めるしかない。再度言う、受注すればなんとかなるという発想を捨てよう。
昨年末、小江戸と呼ばれる埼玉県川越市での小さな事件は、その兆しが出てきたことを示している。同市では、ここ一、二年、過当競争と談合情報が入り乱れていた。過当競争の果て、入札での落札価格がことごとく最低制限価格に張りつき、同額最低札で決めるのに苦労するケースが多発していた。談合情報が殺到し対処に苦慮した同市では、入札直前に抽選し、半数の当選した業者に入札権が与えられる方式を採用していた。ところが十二月に実施した河川改修工事では、これまでも入札が中止・延期となっていたが、指名辞退が相次ぎ、抽選方式を断念せざるを得なくなったというのだ。指名十社のうち六社が辞退し、同市当局では「かつてない異常な事態で、指名の方法の見直しなど改めて対策を練りたい」(十二月十三日付朝日新聞)という。
この記事を見て、地方業界でもとうとう来るところまできたのか、と思った。以前からどうして建設業者は明らかに赤字工事であっても受注するのか不思議でならなかった。よく聞くと「受注しないことにはどうにもならない」「人手や機械を遊ばせるよりは赤字でも受注したほうがいい」「よそに取られるくらいなら」「ノルマがあるので」「どうしてもこの分野の実績が欲しい」という答えがはね返ってくる。それぞれ事情があり、その時はなるほど仕方がないのかと思う。
これまでは大きな建設市場での一過性の問題として済んできたが、長期の建設不況でそれらの特例事情が積み重なり、連続性となり常態化すれば、それらは特例の個別事情では済まなくなる。それが赤字スパイラルであり、新たな市場価格による淘汰の始まりだ。建設市場が、理屈ではなく現実として、並大抵のことでは利益を許さない構造になってきたのだ。この「並大抵のこと」は大手ならしばらくは体力でしのげるが、中小業者ではそうはいかない。
そこで生き残るには、「並大抵のこと」ではないことをするしかない。重荷を預けるように一括下請負をするか、手抜きをするか。
国土交通省は不良不適格業者の排除を産業行政の旗印にあげているが、その問題は大手(というより全国)ゼネコンの再編策とは別なところに横たわっている。つまり産業構造が急速に不良業者を生みやすい土壌になっているということだ。そこに踏み込まない限り、本当の不良不適格業者の排除はあり得ない。だからこそ建設業界に対して赤字受注を辞退する勇気を持て、と言いたい。川越市のことは対岸の火事ではない。辞退することで、当局は「改めて対策を練りたい」という方向転換をするのである。生きるため食うべからず。その瀬戸際まで建設業界は来てしまった。
受注産業の建設業界にとって、産業として利益を上げ発展するためには、辞退という一種のハンガーストライキしか残されていないとは何とむごいことではないか。
その確認をするところから新年が始まるのである。
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